ドラマ・コメディ

『東京物語』──老いは、誰も責めない。それでも少しだけ寂しい。

  作品データ

作品名:東京物語     

公開年:1953年

監督:小津 安二郎

出演:   

  • 笠 智衆
  • 東山 千栄子
  • 原 節子
  • 杉村 春子

上演時間:136分

製作国:日本

ジャンル:ドラマ

画像出典:TMDb(The Movie Database)

 

📚映画図書館の一冊


▶︎ 老いが教えてくれる映画

                                               

                                                                                       

モノクロ映画には、あまり慣れていない。

それでも『東京物語』には、不思議なくらい自然に引き込まれてしまった。

色は、特に必要とされていない。

そこに流れる空気や、登場人物たちのわずかな表情、何気ない仕草。そのすべてが、この映画の「色」だからだ。

この映画は、多くを説明しない。

たとえば、一本のうちわ。

自分のことばかりを、せわしなく扇ぐ息子や娘。

一方で、義父母をゆっくりと扇いであげる嫁。

ただそれだけで、それぞれの人柄や距離感が伝わってくる。

誰も悪いことはしていない。

暑ければ自分を扇ぐのは当然だし、それを責める理由などない。

けれど、その扇ぎ方には、相手への思いやりの形が映し出されている。

小津安二郎は、それを言葉ではなく映像で語る。

食事の場面も同じだ。

父を気遣うような言葉を口にしながら、忙しそうに飯を掻き込む娘。

言葉は間違っていない。

態度も決して悪くない。

けれど、どこか心が追いついていない。

誰も悪くはない。

ただ合理的なだけ。

この映画は、その「少しの温度差」を決して責めない。

だから、観ているこちらの胸が締め付けられる。

息子や娘たちは、決して冷たい人間ではない。

仕事があり、家庭があり、自分たちの生活がある。

親を大切に思っていても、その気持ちだけではどうにもならない現実がある。

それは1953年の話でありながら、驚くほど今の時代にも重なる。

親が年を取り、自分も年を重ねる。

若い頃には想像できなかった距離が、少しずつ生まれていく。

『東京物語』は、そんな避けられない時間の流れを、淡々と映し続ける。

だから古びない。

そして、この映画の「死」は驚くほど静かだ。

劇的な演出はない。

人生の終わりは、誰にでも訪れる日常の延長として描かれる。

悲しみはある。

けれど時間は止まらない。

残された人は、それぞれの生活へ戻っていく。

その姿は、どうしても世知辛く見える。

けれど、それもまた人生なのだ。

物語の終盤、次女と嫁・紀子の会話だけが、観る者の気持ちを代弁してくれる。

ほんの少しだけ残された優しさ。

ほんの少しだけ救われる時間。

個人的に最も印象に残ったのは、杉村春子演じる長女だった。

気が強く、忙しく、決して愛想がいい人物ではない。

それでも彼女を見ていると、不思議と嫌いにはなれない。

彼女もまた、この時代を必死に生きる一人だからだ。

親を思う気持ちと、自分の生活。

その間で揺れ動く姿は、今の私たちとも変わらない。

杉村春子の演技は、その複雑な人間らしさを見事に映し出していた。

『東京物語』が教えてくれるのは、「親孝行をしなさい」ということではない。

老いるということは、誰かを悪者にする物語ではないのだ。

親にも人生があり、子にも人生がある。

その間に生まれる少しの寂しさは、きっと誰にも避けられない。

人は今、ほんの少しだけ立ち止まり、大切な人に優しくできる瞬間を持っていいのかもしれない。

『東京物語』は、時代が変わっても色褪せることなく、そんな当たり前だけれど忘れがちなことを、私たちに投げかけてくる。

この棚の本

自分の老い、親の老い。その時をどうやって過ごすのか。

時間は容赦なく流れ、その時を立ち止まることは難しい。

映画は、いつの時代にも、当たり前で忘れがちなことを、私たちに投げかけてくる。

そんな一本に出会えたなら、私はこの図書館に並べていきたい。

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