アクション 史上最高の映画100本

第27位:続・夕日のガンマン/地獄の決斗(1966年)

 セルジオ・レオーネ監督、クリント・イーストウッド主演のいわゆる「ドル箱三部作」の三作目。それについては調べれば簡単に説明されているので、もしピンと来ない方は、知っていて損はない知識なので、是非各自お調べください。わざわざ調べたくないという方の為に簡単に書いておきます。三作とは「荒野の用心棒」(A Fistful of Dollars)、「夕陽のガンマン」(For a Few Dollars More)、「続・夕陽のガンマン」(The Good, the Bad and the Ugly)の事。最初の二作の原題に「ドル」が入っている事からそう言われ、興行収入がっぽがっぽ、金になる三作、と言う意味ではない。三作の主演であるクリントイーストウッドは、同じ衣装で統一された凄腕ガンマンだが、それぞれは全くの別人「名無し男」として、寡黙で長身の若いガンマンなのである。保安官やカウボーイとは異なり、金の為なら何だってする、銃を持ったならず者の一人、と言った所だ。未だに映画界で大活躍の御大(1930年生の現在93歳)が、1966年の古い古い映画に、ダークヒーローとして主演を飾っている、それだけで観る価値あり、ありがたや作品である。現在のイーストウッドは監督業が目覚ましく、俳優として出演すれば「昔は悪かった」系のおじいちゃんのイメージが強いかと思うが、本作のイーストウッドは36歳、他の出演者よりだいぶ若く初々しいのに、落ち着き払った動きと少ないセリフ、そして眩しそうに細めるちっちゃな眼が、何とも渋くかっこ良く映る。

 そしてこの三部作、レオーネ、イーストウッドと共に忘れてならないのがエンニオ・モリコーネの音楽。邦題が紛らわしい「荒野の~」「夕日の~」「怒りの~」「~のガンマン」「七人の~」なんて数あるマカロニウエスタン作品は、音楽はモリコーネじゃなくてもモリコーネっぽいものも多い。本作も、銃声や口笛、耳に残る変な音で構成されたテーマソングは冒頭から作品を盛り上げてくる。そしてそのテーマソングが、ここぞという時に効果的に繰り返し使われる。

 人相の悪い汗ばんだ男が三人、それぞれ顔面アップで現れる。この三人が、善玉、悪玉、卑劣漢、ではない、もちろん。

緊迫した空気から一変して銃撃。モリコーネのテーマソングとストップモーションで登場人物紹介が始まる。イーライ・ウォラック the Ugly(卑劣漢)、リー・ヴァン・クリーフ the Bad(悪玉)、クリント・イーストウッド and the Good(善玉)。

本作が他のマカロニウエスタンよりドラマチックで大衆的で秀でていると思うのは、何といってもこのキャッチーなオープニングである。 台詞は開始10分まで全くない。何てハードボイルドで劇画的なんだろう。それでいてコミカルでもある。そのコミカルさは、イーライ・ウォラック演じる卑劣漢トゥコの存在が大きい。イーストウッドもこの脚本を読んでウォラックの方が活躍する事を予感したというが、まさにその懸念どおり、台詞の少ないイーストウッド演じるブロンディ(通称)に比べてトゥコはよくしゃべるし良く動く、卑劣漢だが過去の生い立ちエピソードなども少しだけ語られ、より人間的で魅力的な男なのである。

 また、三部作の中での他との違いは、背景に南北戦争という悲惨な戦場があり、激化する戦況とは裏腹に、金を巡ってのならず者どもの抗争は勝手に進んでいく、という所が面白い。この感じは、やはりトイーストウッド主演の「戦略大作戦」(Kelly's heroes)にも似ていて、そちらは第二次世界大戦中、戦争という金にもならない殺し合いよりも、同じ命を懸けるなら戦車で敵陣の銀行やぶりをした方がまだましだと、小隊の兵士たちが戦争そっちのけで前線に飛び込んでいく話。戦車や銃などにもこだわって作られた本格戦争映画にして、戦争のばかばかしさを揶揄した戦争コメディ、極上の反戦映画になっている。こちらもお勧めの作品だ。

 話を本作に戻します。

 この賞金首の悪党卑劣漢トゥコと善玉ブロンディが実はコンビで、掛けられた賞金目当てに捕まえたり助けたりを繰り返しているという、なんだかちょっと可愛らしいお話(言い方変だが)。「人間には2種類ある。首に縄を掛けられる奴と、切る奴だ」。二人はつまり対等で、金の分け前も等分。どちらかが裏切っても成立しないし、裏切られたら裏切った方を殺すまでだ、という関係。このデコボココンビが何とも言えず良くて、前二作には無い、新たな関係性が最初から最後まで貫かれている。

 まず、善玉ブロンディが卑劣漢トゥコを裏切る。いきなり、どこが善玉?なのである。

 一方、悪玉エンジェルは20万ドルを持ち逃げしたビル・カーソンという独眼の男を探している。そしてその男と一緒に暮らしているという女を見つけ出し、殴る、殴る、殴って男の居所を吐かせようとする。こちらは正真正銘の、悪玉だ。

 ブロンディに裏切られ捨てられたトゥコは、10キロ歩いて何とか町にたどり着く。銃砲店に入り、上等なリボルバーを物色する。そこでの入念な銃選びや試し打ちのシーンを見ると、この男、2000ドルの賞金が掛かった大悪党だけあってただの卑劣な男ではない。選んだ銃と帽子ももらい、「いくらだ?」「200ドル」。購入するんじゃない、店主から200ドル巻き上げる。何て奴だ、やっぱり卑劣漢。どこかで馬と上着もパクって、「人間には2種類ある。大勢の友達がいる奴と、俺様のように孤独な奴だ」。誰かにわざと聞こえるように独り言。「ボロい話がある、ある男を捕まえりゃ4000ドル入る、山分けだ」。するとそれを聞いていて現れた三人の男が仲間になる。狙うはブロンディ。4対1だ。そう上手く山分けなんて、有り得ないが。

ここではブロンディによってあっけなくモブの三人は殺られるが、ブロンディの首に縄を掛けるところまで追いつめたトゥコ。外は戦争が激化していて大砲が壁をぶち抜き、どさくさに紛れてブロンディは難を逃れ姿を消す。

 一方、悪玉は女を殴って得た情報から、少しずつ標的に近づいていく。戦場の負傷者収容所では悲惨な状況を目の当たりにし、南軍の兵士からは地獄のような話を聞かされ、さすがの悪玉もちょっと動揺している。この作品には、金目当ての小競り合いの最中にも、戦争の悲惨さを小出しに散りばめ現実に引き戻される部分が多々ある。この骨太なパートが後に大作の呼び声を得た所以ともなるが、逆に178分という長尺のマカロニウエスタンを、観る人によっては長いなと思わせてしまう部分でもある。

 ブロンディへの復讐をまだ諦めないトゥコは、葉巻の吸い殻だけを手掛かりに、広い荒野の中彼を探し出す。すごい執念だ。その時のブロンディは、以前トゥコと組んでやっていた、賞金首の縄を切る愚行を行っている真っ最中というから面白い。懲りない男、根っからのガンマン、ブレないならず者である。

トゥコに捕まってしまったブロンディは、砂漠を160キロ歩かされるという拷問を受ける。水も無い炎天下の中、フラフラになり顔は火傷で水膨れ。それを見て喜んでいるトゥコを、ボロボロの顔で睨みつけるブロンディ。この二人の関係は、こんなふうに上下関係が行ったり来たりする対等な関係。ただブロンディはトゥコの事を、度々「マヌケ」と評する。

ブロンディが死の淵を彷徨う程にいよいよ衰弱した頃、話は急転する。

 6頭立ての馬車が、何もない砂漠の遠くから爆走してくる。トゥコがそれを停めると、中には南軍の兵士の死体が4体。時計や財布などの持ち物をくすね採ろうと死体をまさぐるトゥコ。その中の一人、独眼の男が辛うじて生きていた。「20万ドルやるから水をくれ。名前は、ビル・カーソン」つながった。悪玉エンジェルが一人で追いかけていた、20万ドル持ち逃げ男が、この卑劣漢コンビの前に向こうから転がり込んできたのだ。

「20万ドルはサッドヒルの墓地の墓の一つに埋めた」「墓は5000ある。名前を言え。水を持ってきてやる、死ぬな」

死にそうな男を救うために、卑劣漢トゥコが必死に水を取りに行く。もちろん大金のためだけど。この一杯の水が20万ドルになる。待ってろ今水を持って行ってやるからな。トゥコにとって人生で最大のピークだったことだろう。

ここからのくだりが面白い。

水を持って走り寄ると、ビルカーソンの横でブロンディが倒れこんでいる。「どけ!」瀕死のブロンディを蹴り上げるトゥコ。ビルカーソンの死を確認しすると、「殺してやる!」と激高しブロンディに銃を向けるトゥコ。「俺を生かしておいた方がいい、墓標にある名前を聞いた」と言い残し、気絶するブロンディ。

この瞬間、また二人の関係が逆転するのだ。「Blondie! Don't die! I'm your friend! Please don't die! I'm just your friend! I help you! water water Please! Don't die!」

必死だ。これがトゥコという男。

 とにかく助けなければと、さっきまで殺そうとしていたブロンディを教会に運び看病する。アパッチキャニオンの伝道所。どうやら知った教会らしい。

すっかり回復して教会を後にするとき、トゥコは神父に挨拶してくると言う。なんと神父のパブロはトゥコの兄で、9年ぶりの再会との事。はにかみながらも再会を喜ぶトゥコに対し、パブロは何を今更と冷たくあしらう。悪党になって家を出た弟と、神父になった兄。どちらが良いかは火を見るよりも明らかだが、トゥコ流は「貧乏は坊主になるか泥棒になるかだ。兄さんは泥棒になる勇気がなかっただけ。兄さんが出て行った時俺は10歳そこらで親の面倒を見てきた」そこまで聞くとトゥコを殴るパブロ。殴り返すトゥコ。せっかくの再会なのに、けんか別れだ。もう二度と会うこともないだろう。その一部始終を陰で見ていたブロンディ。彼もみなし子だ。 

 馬車を駆り出発する二人。先ほどまでの兄弟げんかから気を取り直し、トゥコはブロンディに対し強がってみせる。

「兄貴はいい奴なんだ。偉いんだ、ここではローマの法王みたいなもんさ。会うと別れを惜しんで行くなと言うんだ。ここには食べ物も酒もあるから、友達と住んだらいいって。兄貴は俺を好きなんだ。俺みたいな風来坊でも、いつも温かいスープで歓迎してくれるのさ、腹がいっぱいだよ」と。一部始終を見ていたブロンディは「そうだな、食事の後は葉巻に限る」と、自分の吸っていた葉巻を差し出す。再び対等な関係になった瞬間。

 二人の行き先は20万ドル。あとはトゥコだけが知る名前の墓地へ行き、ブロンディだけが知る名前の墓標を掘るだけの事。

しかしそこで通りかかった北軍に捕まり、あっけなく捕虜にされてしまう。そこで悪玉エンジェルと遭遇することになる。眼帯までしてビルカーソンに成りすましてしまったトゥコは、エンジェルから拷問を受ける。

「金は?」「知らねえ」外では捕虜たちが楽器演奏をさせられ、情緒溢れる音楽が聞こえる。ここにもまた無情な戦争による郷愁が漂う。トゥコは無情な拷問でボコボコだ。

「言うよ言うよ、墓に埋めてある」「どこの?」「サッドヒル」「どの墓?」「知らねえ、ブロンディが知ってる」

トゥコの持つ情報を聞き出したエンジェルは、ブロンディと交渉。ブロンディにしてみれば、相棒が卑劣漢から悪玉に変わっただけだ。この後、エンジェルの仲間が5人加わり、6対1になる。「6か、パーフェクトナンバーだ。リボルバーには弾が6発入ってる。」6発あれば全員消せる。敵にまわしちゃいけない男だった事を、まだこの時のエンジェルは知る由もなかった。

 拷問から解放されたトゥコは手錠を掛けられ連行され、汽車に乗せられる。いよいよ賞金首にお縄が掛かるか。

と思ったらこの男、手錠で繋がった北軍の伍長もろとも汽車から飛び降り、その頭を石でかち割り、汽車に死体を轢かせて手錠の鎖をまんまと切り、再び自由な身となった。何という手際の良さ、何というしぶとさ。こいつしかブロンディの相棒は務まらない。

程なくして卑劣漢と善玉のコンビが復活する。その事がこの時点では嬉しくなっている鑑賞者の自分がいる。

 戦争は更に激化し、目的の墓地に辿り着く前に爆撃でやられてしまってもおかしくない状況。更にエンジェルとその仲間たちもジャマだ。爆撃で砂煙舞う中、トゥコとブロンディは一人また一人と、敵を消していく。残るはエンジェルだけだ。この残る三人に、賽は投げられた。

 このままラスト三つ巴でもこの物語は完結するというところまで来たが、その前に世紀のスペクタクルが用意されている。

何しろここまで戦火の中命懸けで欲望のまま突き進んできたのだ。監督が本作に戦争を絡めていた理由がここから発揮される。無意味な戦争に対して一矢報いたいと思ったのかもしれない。

 トゥコとブロンディは、再び北軍に連行される。そこで、酒好きの気のいい大尉と関わる。

「何としてでもあの橋を奪還しろとの本部からの任務に、砲撃は毎日決められた時間に二回、自分たちが全員死んでもあの橋だけは残る。あんな橋爆破してやりたいと思うが、思っただけでも軍法会議ものだ。砲撃の直後、橋を爆破すれば大勢が助かる」と語る大尉。「やっちまえば?」という二人。「勇気がない」という大尉。

大掛かりなエキストラと60トンもの爆薬を使用し再現された戦場は圧巻。イーストウッドが砲撃の度に本気でビビってる感じが、何とも可愛い。

爆撃が続き、定時の砲撃が始まる。本部の命令のまま守りたくもない橋を守り、時間通りに殺人を行い、死にに行くだけの兵士たち。それを葉巻を吸いながら見物をするアウトローたちの対比。無情のようだが、さすがにこの大勢の兵士たちが犬死することを想像すると、一瞬心を痛めるならず者たちだった。

 大尉の思いを汲んでか、はたまた川の向こうの金のためか、負傷した大尉に「耳澄ましてろ」と言い残し、二人は爆薬の木箱を担架に乗せて運び川に入り、ちゃっちゃとダイナマイトを橋にくくり付ける。

この時二人は秘密を分け合う。「Name of cemetery is Sad Hill」「Name of grave is Arch Stanton」

吸っていた葉巻の火で(こんな時も吸っている)導火線に着火し、まんまと橋を爆破する。大尉は死ぬ間際にその爆音を聞いたのだった。

橋爆破のシーンから砲撃の連射は物凄い迫力。大き目の石などが本当にブロンディの近くまで飛んで来たりして(ここは本人ではなくスタントだったそうだが)、もうマカロニウエスタンの域からは完全に逸脱している。いや、悪い意味ではない。ただ相当過酷な撮影だったのだろう。イーストウッドは本作の次のレオーネ作品「ウエスタン」の出演依頼を断った、というのは有名な話。

 川を渡り、いよいよサッドヒルの墓地に行くだけだ。この時点で映画は2時間半を超えている。あとは痺れるあの三つ巴シーンが待っている。

だがそうあっさりとはいかない。

廃屋で瀕死の若い兵士を見つけたブロンディは、もう助かるまいと自分の着ていたコートを掛けてやり、吸っていた葉巻を二口吸わせる。泣きながら吸う最期の葉巻。ちょっとしたシーンで終始無言のままなのだが、とても悲しくそして温かいシーンだ。掛けたコートと引き換えに、傍らにあったポンチョをいただく。これがあのポンチョだ。前二作で着ていたアレだ。最後の最後にアレが出てくるところが嬉しい。確かに見せ場の三つ巴でアレを着てなきゃダメだ。

 そんなムネアツシーンの直後、トゥコは繋いであった馬を拝借し、ブロンディを置き去りにサッドヒルに向かう。そりゃあこの卑劣漢だったら間違いなくそうするだろう。あきれた奴だと言わんばかりに、ブロンディはそこにあった大砲にこれまた葉巻で火をつけ、トゥコに向け無言で発射。馬ごとひっくり返るトゥコ。もの凄く危険な行為なのに、もの凄く面白い。二人のこの感じの関係、まだまだやってくれる。

 そして辿り着く、待ってましたサッドヒル。ここからはもうネタバレ文を読むより、是非鑑賞して痺れてほしい。多くを語りたくはない。

壮大な音楽をバックに、一つの墓標を求めて走る、走る、走り回るトゥコと、くるくる回るカメラワーク。なんて凄いシーンなんだろう。これまでの全ての苦労が実を結ぶ瞬間、走馬灯のようにいろいろな感情が押し寄せてくる感じ。ただの墓荒しが私欲のため必死に走り回っているだけなのだが。

 ここでエンジェルが加わり、夕陽のガンマンで流れるあのオルゴール音も響いたりして、もう胸がいっぱいになります。

「夕陽のガンマン」では、賞金を全てモンコ(イーストウッド)に譲ったカッコいいリー・ヴァン・クリーフは、本作では悪玉に徹底して、いさぎよく散ってしまいます。本作では出番は少なかったけど、これはこれで、やっぱりカッコいいリー・ヴァン・クリーフ、無くてはならない存在でした。

 そしてここからは、ブロンディが、イーストウッドが、かっこよ過ぎて身悶えしてしまいます。

 「人間には2種類ある。弾の入った銃を持つ奴と、地面を掘る奴だ。掘れ」

 もう、最後までかっこいいクリントイーストウッドと、どうしても笑えてしまうラストシーンは、想像以上のものと言っていいでしょう。

 私の中では、ナンバーワンの作品と言わせていただきます。

ドキュメンタリー映画「サッドヒルを掘り返せ」は、まだ観ていないので、この後観ることをものすごく楽しみに・・・

 U-NEXT で、鑑賞

 

 

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