『スター・ウォーズ』シリーズは、私にとって別格中の別格だ。
だから実は、この最初の一本を「一本の映画」として語ることが難しい。
『ロッキー』なら『ロッキー』、『ジョーズ』なら『ジョーズ』として完結した感想を書ける。
しかし『スター・ウォーズ』だけは違うのだ。
今回エピソード4を見返し、
「全てはここから始まった!!」
と、改めて震える自分がいる。
この言葉には二つの意味がある。
一つは、スターウォーズという神話がここから始まったこと。
そしてもう一つは、私自身が何十年も追いかけることになる、映画というカルチャーとの長い付き合いもここから始まったということ。
気づけば、その世界を40年近く追いかけ続けることになっていた。
エピソード4を観ているのに、頭の中には『帝国の逆襲』も『ジェダイの帰還』も、『ハン・ソロ』も『マンダロリアン』も浮かんでしまう。
エピソード4を再見するとは、ただの再鑑賞ではなく、人生を通して付き合ってきた映画との再会のようなものだ。
だからこの一本は、物語の始まりであると同時に、「帰る場所」の始まりでもある。
私は公開当時、劇場でこの作品を観ることはできなかった。
兄が叔父に連れられて映画館で観た話を聞き、「男の子向けの映画なんだろう」と思っていた。
ところが10年ほど経ち、洋画に夢中になった私は、『グレムリン』『グーニーズ』『ゴーストバスターズ』などの流れで、この作品に出会う。
そして衝撃を受けた。
「こんなすごい映画を、お兄ちゃんは映画館で観たのか!!」
その悔しさにも似た羨ましさは、今でも鮮明に覚えている。
そして私は、そのまま40年近く、この銀河を追いかけ続けている。
少し前に『マンダロリアン』を観たばかりだったから、久しぶりにエピソード4を観返して、その喜びは倍増していた。
相変わらず、タトゥイーンには二つの太陽が昇り、ジャワたちはスクラップを集め、巨大なサンドクローラーが砂漠を進む。
サンドピープルがいて、バンサが歩き、モスアイズリーの酒場には、ならず者たちが今日も集まっている。
約半世紀という時間を飛び越えても、「同じ世界」がそこに存在していた。
それは懐かしいという感覚ではない。
長い旅から故郷へ帰ってきたような、不思議な感覚だった。
ここで私は、改めて気づいた。
『スター・ウォーズ』の主人公は、ルークではない。
ジェダイでも、ダースベイダーでもない。
主人公は、「遥か彼方の銀河」なのだ。
だからルークがいなくても物語は成立する。
密輸業者を主人公にした物語も、賞金稼ぎの物語も、名もない兵士の物語も描ける。
それらはスピンオフというより、同じ歴史の別のページをめくっている感覚に近い。
このシリーズは、一人の英雄を描いた作品ではない。
主人公が変わっても、時代が変わっても、物語が成立する。
それは英雄の人生ではなく、「銀河」という世界そのものが主人公だからだ。
だからこそ、『スター・ウォーズ』は、宇宙そのものの歴史を創造してしまった作品なのだ。
SFでありながら、本質はSFではない。
砂漠の星から旅立つ若者、師との出会い、仲間との友情、悪との戦い、父を超える物語、希望を信じること・・・。
これらは、何千年も語り継がれてきた神話や英雄伝説だ。
しかしそれをベースに、画期的なSFシーンにも目が離せない。
ブラスターが赤い光線を放ち、ライトセーバーという未知の武器が火花を散らす。
タイファイターとミレニアムファルコン、Xウィングが宇宙を縦横無尽に飛び交い、
デススターは惑星すら一撃で破壊してしまう。
「こんな世界があったのか!」
それらが世界中の映画ファンの目の前に、まるで本当に存在していた銀河の歴史であるかのように飛び込んできたのだ。
『2001年宇宙の旅』を観たときには、その壮大な宇宙体験に圧倒された。
だが、あちらは宇宙という舞台を通して、人類の進化や存在を見つめる物語だった。
一方、『スター・ウォーズ』が描いているのは、宇宙そのものではない。
そこに存在する文明、政治、戦争、経済、文化、宗教、そして人々の暮らし。
つまり「宇宙の歴史」である。
だから私たちは、スクリーンの向こうに「実在する」もう一つの世界を信じてしまう。
もっと知りたい。
もっと旅をしたい。
そして、またあの銀河へ帰りたい。
ジョージ・ルーカスの頭の中で創造された宇宙を、自分の中のリアルとして、夢中で取り込もうとしてしまうのだ。
その気持ちが、次の作品へ、また次の作品へと私たちを導いていく。
映画の冒頭には、有名な一文が映し出される。
「遠い昔、遥か彼方の銀河系で……」
これは未来の話ではない。
まるで歴史書を開くように語られる、もう一つの銀河の昔話だ。
だから50年近く経った今でも、その歴史は広がり続けている。
『スター・ウォーズ』は、宇宙を舞台にした映画ではない。
一本の映画の中に、遥か彼方の銀河の歴史そのものを存在させてしまった作品だった。
私にとっては、映画という世界に足を踏み入れるきっかけとなり、その後何十年も帰り続ける故郷のような場所だ。
だから今でも、このオープニングのファンファーレが鳴るたびに、映画の続きを観るのではなく、あの銀河へ帰っていくのである。