作品データ
作品名:ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス(Doctor Strange in the Multiverse of Madness)
公開年:2022年
監督:サム・ライミ
原作:スタン・リー、スティーヴ・ディッコ『ドクター・ストレンジ』
出演:
- ベネディクト・カンバーバッチ
- エリザベス・オルセン
上演時間:126分
製作国:アメリカ
ジャンル:アクション・ファンタジー
画像出典:TMDb(The Movie Database)
『インフィニティ・ウォー』から続く、二人の選択
今回、改めて面白いと思ったのは、この映画が『ワンダヴィジョン』の続編であると同時に、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』から続く物語でもあることだ。
『インフィニティ・ウォー』の終盤、ドクター・ストレンジとワンダは、それぞれ大きな選択をした。
ストレンジは、サノスにタイム・ストーンを渡した。
ワンダは、ヴィジョンの額にあるマインド・ストーンを破壊するため、自ら愛する人の命を奪った。
ストレンジはストーンを渡し、ワンダはストーンを破壊した。
正反対ともいえる選択だ。
もちろん二人とも、仲間や世界を救おうとして選んだ苦しい決断だった。
ワンダは実際にストーンを破壊したのに、サノスに時間を巻き戻され、ヴィジョンを殺されたうえにストーンまで奪われてしまう。
あの選択は、何だったのか。
ワンダにとって、あまりにも残酷な結末だった。
そしてそれぞれの選択をした二人は、塵となって消える側の人として、5年間の空白を余儀なくされる……。
ワンダは、やっぱりそっちへ行ってしまった!
今回は、『ワンダヴィジョン』を観てから鑑賞した。
ガッツリ続編だった。
『ワンダヴィジョン』のラストで、ダークホールドを読んでいたワンダ。あの先に何が待っているのか、気になっていた。
そして今回。
「あ、やっぱりそっちに行っちゃうか🤣」
思わず、そう思ってしまった。
ワンダが求めているのは、失った子どもたちとの暮らしだ。
『ワンダヴィジョン』では、自分が作り上げた世界の中で、ヴィジョンや子どもたちと幸せに暮らしていた。しかし、それが現実ではないと分かったとき、彼女は家族を手放すことを選んだ。
ところが、ダークホールドを通じて、別の宇宙には子どもたちが存在することを知ってしまう。
だったら、その世界へ行けばいい。
そう考えるワンダの気持ちは、理解できなくもない。
でも、そこには、すでに別のワンダがいる。
そのことを指摘されたとき、ワンダは一瞬ためらう。それでも、彼女はその問題を無視してしまう。
自分がその世界に行ったら、そこにいるワンダはどうなるのか。子どもたちは、突然現れた別の母親をどう思うのか。
ワンダは、自分がしようとしていることの問題点を、まったく分かっていなかったわけではないと思う。
分かっていながら、自分の願いを優先してしまったのだ。
「家族は永遠」という願い
『ワンダヴィジョン』で印象に残った言葉がある。
「家族は永遠」。
家族を愛する気持ちを表した、温かい言葉だ。
でも、この言葉には別の意味もあったのだ。
家族を失いたくない。ずっと一緒にいたい。
その願いが強くなりすぎると、失うことそのものを受け入れられなくなってしまう。
ワンダは、ヴィジョンを失い、子どもたちとも別れた。その悲しみは本物だし、簡単に乗り越えられるものではないだろう。
しかし、失ったものを取り戻したいという気持ちが、いつしか歪んだ執着へと変わっていく。
ワンダは子どもたちを愛しているのだけれど、その子どもたちを取り戻すために、別の宇宙の自分たちの幸せを壊すことに躊躇がない。
自分が味わった苦しみを、今度は別のワンダに味わわせることになるのに。
しかも、彼女が求めているのは子どもたちであって、ヴィジョンの存在はほとんど語られない。
もちろん、ヴィジョンと子どもたちでは、ワンダにとっての意味も状況も違うのだろう。それでも、彼女が求めているものは、家族全員との再会というより、「子どもたちの母親である自分」を取り戻すことなのかもしれない。
そう考えると、ワンダは家族を取り戻そうとしているようでいて、実は失われた自分自身を取り戻そうとしていたのではないだろうか。
マルチバースが映し出す、自分自身
一方、ストレンジもまた、別の世界の自分たちと出会う。
マルチバースが存在するということは、違う選択をした自分も、どこかの宇宙には存在するということだ。
別の選択をしていれば、別の人生があったかもしれない。
ストレンジは、クリスティーンとの関係も含め、自分が選ばなかった可能性と向き合うことになる。
しかし、どんな宇宙にいても、その人間の根本はそう簡単には変わらないのではないか。
違う人生を歩んだストレンジたちも、それぞれの選択や欲望から逃れられるわけではない。
そして、失ったものへの向き合い方も、ワンダとは違っている。
ワンダは、失ったものを取り戻そうとするあまり、他人の人生を壊そうとしてしまう。
ストレンジは、自分とは違う選択をした自分を見つめながら、自分自身の選択と向き合っていく。
もちろん、ストレンジだって完璧な人間ではない。彼にも後悔があり、別の人生への思いがある。
それでも、自分が望んだ人生を手に入れられなかったからといって、別の世界にある幸せを奪おうとはしない。
この二人の対比が、今回の物語を興味深いものにしていた。
マルチバースは、単に別の世界を冒険するための仕掛けではない。自分が選ばなかった人生を見せ、自分自身を問い直すための舞台でもあるのだ。
選択によって人生は変わる。
けれど、どんな世界にいても、自分自身から逃れることはできない。
迫力ある映像、でも、もう少しリアリティが欲しかった
映像は迫力満点で、美しかった。
魔術の表現も、異世界の描写も、見応えがある。マルチバースという設定を生かした映像には、目を見張るものがあった。
ただ、個人的には少しファンタジー色が強すぎた印象もある。
『ハリー・ポッター』や『ロード・オブ・ザ・リング』を思わせるような、魔術と異世界の冒険。
もちろん、そうした世界を楽しむ面白さはある。
でも、『ワンダヴィジョン』のような面白さを、もっと味わいたかった。
あのドラマでは、作られた世界と現実の世界が共存していた。
一見すると幸せなシットコムの世界。しかし、その裏側には、喪失を受け入れられないワンダの心があり、外側には、S.W.O.R.D.という諜報防衛機関がワンダを狙っている。
奇妙な出来事が起きるたびに、作られた世界と現実とのずれが浮かび上がる。その異常な状況そのものが、ワンダの心理を描きながら、現実世界を拡張させていく。
私は、ああいう面白さが好きなのだ。
『アベンジャーズ』シリーズにも、宇宙人や神様、壮大な宇宙の戦いが登場する。そこに、トニーの後悔やスティーブの信念、仲間たちの葛藤には、私たちの現実とつながる人間ドラマがあり、そこにリアリティが生まれる。
壮大な設定やアクションの中に、科学技術や現実的な人間ドラマが結びつく、MCUならではの面白さをもっと見たかった。
今回は、魔術や異世界の映像表現が前面に出ていて、そこが少しファンタジーに寄りすぎているように感じた。
選択が変わっても、人間の本質は変わらない
『インフィニティ・ウォー』で、それぞれの選択をしたストレンジとワンダ。
『ワンダヴィジョン』で、失った家族と向き合ったワンダ。
そして、マルチバースで、自分が選ばなかった人生と出会うストレンジ。
こうして作品をつなげてみると、今回の映画は、過去作から続く「選択」の物語でもあった。
どんな選択をするかによって、人生は変わる。別の宇宙には、別の可能性がある。
それでも、自分の心にあるものから、完全に逃れることはできない。
失ったものをどう受け止めるのか。自分の願いが誰かを傷つけているとき、それに気付くことができるのか。
マルチバースという大きな世界を描きながら、この映画は、そんな人間の問題を見せてくれた。
そして、今後マルチバースを扱っていく以上、この「選択」がテーマになってくることは避けられないだろう。
単なるアクションムービーではない。
壮大なマルチバースの物語を通して、自分の選択や、失ったものとの向き合い方を考えさせてくれる。
だから、MCUは面白い。
そして、次の物語では、どんな選択が待っているのだろう。
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