作品データ
作品名:スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム(Spider-Man: Far From Home)
公開年:2019年
監督:ジョン・ワッツ
原作:スタン・リー、スティーヴ・ディッコ『スパイダーマン』
出演:
- トム・ホランド
- サミュエル・L・ジャクソン
- ゼンデイヤ
上演時間:129分
製作国:アメリカ
ジャンル:アクション・青春・SF
画像出典:TMDb(The Movie Database)
『アベンジャーズ/エンドゲーム』で、トニー・スタークが亡くなった。
キャプテン・アメリカも、もういない。
世界を救ってきたヒーローたちが去ったあと、人々は当然のように次のヒーローを求めていた。
いつ、また強大な敵が現れるか分からない。
「次に地球を守ってくれるのは誰なんだ?」
そんな不安が残る世界に現れたのが、別世界から来たというヒーロー、ミステリオだった。
「新しいヒーロー」を求める世界
ミステリオは、まさに人々が待ち望んでいた存在だった。
空を飛び、巨大な敵と戦い、世界を救う。
ニック・フューリーにとっても、彼は有力な戦力に見えたはずだ。
しかしフューリーが必要としているのは、トニーの後継者ではない。アベンジャーズがなくなった世界を、またどう維持していくか、を考えている。
もしミステリオが本物なら、彼を頼るのは自然な判断だっただろう。
一方、ピーター・パーカーのことをトニーの後継者にしたいというより、トニーが残したものを、次の世代に繋げようとしているのだ。
ピーターはヒーローの後継者になりたいわけではない。
MJたちと旅行を楽しみ、普通の高校生活を送りたい。
トニーの後を継ぐことなど、今は考えたくもないのだ。
ここに、この映画の大きな対比がある。
トニーの後継者になりたい男
ミステリオことクエンティン・ベックは、超人でも異星人でもない。
トニー・スタークのもとで働いていた、科学技術者だ。
彼はトニーと同じように、科学と技術で世界を変えようとしていた。
ただし、トニーから認められることはなかった。
ベックの周りには、彼と同じようにトニーの会社で評価されなかった人間たちが集まっている。
トニーがあまりにも大きな存在だったからこそ、その光の中で影になった人々だ。
彼らはトニーの残した技術を使い、自分たちのヒーローを作り上げる。
それがミステリオだった。
ベックが欲しかったのは、単なる名声ではない。
トニーに認められなかった自分こそが、トニーの後を継ぐにふさわしいと証明することだったのだと思う。
宇宙規模の災害……と思ったら
エレメンタルズによる世界規模の危機。
別世界から来たヒーロー。
次々と現れる巨大な敵。
最初は、また宇宙規模の大事件が始まったのかと思う。
ところが、その正体はホログラムと、スターク社の人工衛星とドローン技術で作られた偽物だった。
壮大な危機の裏にあったのは、宇宙の侵略でも世界の破滅でもない。
「俺はトニーに認められなかった」という、個人的な嫉妬と欲望だった。
『インフィニティ・ウォー』ではサノスと戦い、『エンドゲーム』では時間を越えて世界を救った。
その直後に描かれるのが、トニー・スタークへの嫉妬なのだから、何とも皮肉な話だ。そしてスケールが小さい。
インフィニティ・サーガの中では異色の物語だが、だからこそ、ヒーローの物語を現実的な人間の感情へ引き戻している。
「本物のヒーロー」を作ってしまう
ベックたちが利用したのは、人々の「ヒーローを必要としている」という気持ちだった。
指パッチン戦争以降、トニーもキャプテン・アメリカもいない世界で、次のヒーローを求めるのは当然だ。
だからこそ、存在しないヒーローを映像によって本物だと信じ込ませることができた。
何が本物で、何が偽物なのか。
ベックはその境界を自在に操る。
最後には、ミステリオが死んだ瞬間まで捏造し、
「スパイダーマンがミステリオを殺した」
という物語を世の中に植えつける。
さらに、
「スパイダーマンの正体は、ピーター・パーカーだ」
と公表する。
ミステリオは世界を救おうとした英雄として残り、ピーターは英雄を殺した危険人物にされてしまう。
ベックは、偽りの現実を作ることで、自分をトニーの後継者に仕立て上げようとしたのだ。
「俺じゃなくて、あの少年なのか」
ベックの嫉妬は、トニーに認められなかったことだけではない。
トニーが選んだのが、自分ではなくピーターだったことにも向けられている。
ピーターはトニーに大切にされ、技術まで託された。
ベックからすれば、
「なぜ俺ではなく、こんな少年なんだ」
という思いがあったのかもしれない。
ベックはトニーの後継者になりたかった。
一方のピーターは、後継者になどなりたくない。
後継者の座を奪おうとする男と、その座から逃れたい少年。
この正反対の二人が、トニーの残したものをめぐって対峙する。
ピーターは、トニーになる必要はない
この映画で一番好きなのは、ピーターがトニーの代わりではなく、自分自身の力で一歩を踏み出すところだ。
トニーと同じになる必要はない。
トニーから受け取ったものを、自分のやり方で使えばいい。
それを象徴しているのが、ハッピーがピーターのスーツ作りを見つめる場面だと思う。
ピーターが、トニーの残した技術を使って、今の自分用のスーツを作る。
その姿に、ハッピーはかつてのトニーを重ねているのだろう。
ここでピーターは、トニーの後継者になるのではなく、トニーの影から抜け出していく。
トニーが残したものが、次の世代の手によって、その人自身の力へ変わっていくのだ。
インフィニティ・サーガの最後に
『エンドゲーム』で、アベンジャーズの大きな物語は終わった。
『ファー・フロム・ホーム』は、その後の世界を描きながら、フェーズ3を締めくくる。
宇宙を救った英雄たちの物語の最後に待っていたのは、意外にも一人の男の嫉妬だった。
トニーに認められず、トニーの後継者になろうとしたベック。
その一方で、トニーの後を継ぐことを拒みながら、自分の道を歩き始めるピーター。
『エンドゲーム』がトニー・スタークの物語を締めくくった作品だとしたら、『ファー・フロム・ホーム』は、トニーのいない世界でピーターがその影から自立する物語だったのだと思う。
トニーの後継者になるのではなく、
ピーター・パーカーとして、自分の道を歩き始める。
そう考えると、この作品はやっぱり、
インフィニティ・サーガの最後に観ておかなければならない一本だった。
MCUはここから、また別の世界へ進んでいく。
次は時間と世界の分岐。
さて。
ロキの世界へ行ってきます。
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