ドラマ・コメディ

友だちのうちはどこ?

ドラマ・青春

Where is the Friend's House?

  • 監督:アッバス・キアロスタミ(そして人生はつづく、オリーブの林をぬけて)
  • 脚本:アッバス・キアロスタミ
  • 1987年/イラン/85分

まず、宿題

 イランの小学校の先生はもの凄く厳しいようだ。いつものように賑やかな教室の朝、現れた先生は、静かにしなさい何度も言っただろと高圧的に言い放ち、おもむろに教室を凍らせたと思ったら、さっそく宿題を出させる。中でも気弱そうな少年ネマツァデは、宿題をノートではない紙にしてきたことを集中的に責められ、ノートにしなさいと3回言われただろう、と泣くまで怒られる。泣いてもまだ怒る。執拗に怒る。何回言われた?、3回です、と繰り返し言わせ、今度ノートに書かなかったら退学だぞと脅す。相手は8歳の子供だ。

 このような学校は少なくとも現代の日本には存在しない、はず。虐待だパワハラだと保護者は騒ぎ立て、ゆとり世代以降の若者から見たら、有り得ない光景だろう。子供は伸び伸び自由に育て、理屈で抑え込んだり、皆の面前で泣くまで怒鳴ったりなんて言語道断だろう。でも誤解しないでほしい。この作品の本題は決してそこではない。教育や家族の在り方は国によって様々だし、文明も経済事情も違うし、生活の根本が全く違うのだ。この作品では、自分たちとは全く違った土地での生活を知り、そこで厳しくしつけられながらも伸び伸びと素直に成長する少年の可愛らしさに心が洗われる事になる。

 この厳しい先生は、まず家に帰ったら宿題をやる事、ノートをカバンにしまって、その次に家の手伝い、それから遊びなさい、と子供たちに小学生の本分と行動の優先順位を教え、ノートの大切さを説き伏せる。只今叱られ中のネマツァデの隣の席に座っているアハマッドは、自分の事のように心を痛めて聞いている。このアハマッドが本作の主人公で、これから彼の奮闘の一日が描かれるというわけだ。とにかくノートの大切さと宿題の大切さが良ーっく分かったところで、少年の目くるめくアドベンチャーストーリーは幕を開ける。

 主人公アハマッド少年が家に帰ると、お母さんはいろいろ用事を言いつけてくる。小さい赤ちゃんがいるから、おむつ持ってきてとか、哺乳瓶がどうのとかひと通り命令した挙句、さっさと宿題しなさいと怒鳴る。宿題を広げるとまた、泣いてる赤ちゃんをあやせだの、タライを持ってこいだの、矢継ぎ早に次々と命令する。それでもアハマッドは反抗する事もなく黙って従う。偉い子だ。うるせえくそばばあ、なんて絶対言わないし、泣いたりわめいたり等、無駄な抵抗になるような事は一切しない。とにかく宿題をしようとカバンを開くと、何と同じノートが2冊。顔面の筋肉がこわばり目が泳ぐ。「あ、ヤバ…これネマツァデのノートやーん!どうしよどーしよ、あいつ先生から次は退学って言われてたよな(汗)」と、そんなセリフは無いのだが、多分こんな事が頭の中を巡っている。「友だちのノートを間違って持ってきちゃった、お母さん、ノートを返さないと困るんだよ」「さっさと宿題しなさい!」「友だちが困るんだよ…」「宿題してから遊びに行きなさい!」「そうじゃないんだよ…」そんな母子の会話が繰り返される。2冊のノートを見せて訴える。ポシュテに住んでる友だちに今日返さないと、僕のせいで退学にさせられるんだよ。ここはコケル村。そんな遠くの村から通ってる友達がいる事も信じてもらえない。「宿題しなさい!後でパン買ってきて!!」取り付く島もないとはこの事だ。ぎゃふん!だ。元々困り顔の少年の眉毛は、もはや5時35分の角度を指している。

 ここの生活には洗濯機など無く、赤ちゃんが泣きニワトリが歩き回る庭で、タライに水を汲み手洗いで洗濯をし、手で絞ってロープに干す。ここの主婦は大変そうだ。子供の手も孫の手も、猫の手も借りたいのだろう。そうやって家族は力を合わせて生活している。それでも宿題は一番大事なんだ。親が子に家の手伝いや畑仕事をさせ過ぎ、学校の勉強を二の次にしてしまう事を、先生は危惧しているのだ。親は子に真っ先に手伝ってほしいが、まずは宿題だという共通の認識が、学校と家庭の間で約束されているのだろう。結果、先生もお母ちゃんもおっかないんだ。

ポシュテ

 もう、黙って家を抜け出すしかない…。ノートを持って走り出し、いざポシュテへ。軽快なBGMで一目散に小高い丘のジグザグ道を駆け上る。8歳の少年の波乱の一日が始まる。オリーブの林を駆け下りて、また石の階段を登る。石を積んで白い漆喰で塗り固められた壁の家々、不格好な坂道や石階段、木造で急こう配の階段、どれも趣がある。どこからがお隣さんの土地でどこまでが自分の土地なのか、私道なのか公道なのかも分からないような細道を牛や山羊が行き来している。車は無く、あってももちろん通れない。ここがネマツァデの住むポシュテだ。ただ困ったことに、アハマッドはネマツァデの家を知らない。ポシュテだという事しか知らない。「ネマツァデのうちはどこ?」

 通りすがりの大人に聞いても、知らないと言う。知らない大人に話し掛け、知らない家のドアを叩く。皆、知らないと言う。もう、何にも分からない。家の手伝いをしていた同じクラスの子から得た情報、ネマツァデの従兄弟ヘマティの家がポシュテのハネヴァル区である事、その家の特徴など、些細な手掛かりを頼りに捜索活動は続く。「あれ?このズボン、ネマツァデのじゃねぇ?」という洗濯物を発見すると、病気で歩けないお婆さんをかなり強引に外に連れ出しズボンを見せたり(結局ネマツァデのじゃなかった)、ヘマティの家は見つかったが「さっきコケルに出掛けたよ」と教えられ、遠くに見えるへマティと思われる人影に向かって大声で叫ぶ。「ヘマティ!アリ・ヘマティ!!」もう必死。コケルからネマツァデを探しに来たのに、今度はヘマティを追ってコケルまで爆走、再び家に逆戻りだ。今度はヘマティを探さなくては…。

 8歳の子供が知らない土地で知らない人の家のドアを叩き、名前しか分からない友だちの家を探す。そりゃあさぞかし不安だろう。日本の8歳だったらまずそんなことはしない。今だったらスマホで友だちに連絡すれば済むが、1987年だとさすがに携帯は無いので家電だ。ジグザグ道のてっぺんの木の所ででも待合せれば良かろう。もし友だちの家が留守なら、学校の先生に電話して事情を説明すれば良い。あの先生が理解してくれればの話だが。文明の進歩とは尊いものだが、電話一本で済んでたらアハマッドはこの尊い経験をしていなかったし、ましてこの尊い映画が生まれることはなかった。

 コケルの我が家まで着くとと、お爺さんに呼び止められる。前歯が3本くらいしかないこの爺さんがまた厳しい爺さんで、孫がめちゃめちゃ急いでるのに「タバコ持って来い」という。オレ今急いでるから自分で持って来いよじじい、などとは絶対に言わない。爺さん曰く、理不尽な命令も子供を礼儀正しくしつけるためであって、目上の者の言う事には従わなければならない、大人の言う事を1回で聞けなくてはならない、という老人の教育論だと言う。イランの教育はこのように徹底してる。しつけとは理不尽なものなのだ。

ネマツァデ

 ある「鉄のドア職人」のおっさんが、近所のおっさんに向けて「死ぬまで壊れない鉄のドア」の営業トークをしていたかと思うと、アハマッドが持っていたネマツァデのノートの紙を一枚くれと言いだす。またもや大試練だ。まったく気が休まらない。「先生に叱られちゃうよ、僕のノートじゃないんだ」と言っても「1枚くらい分からないよ」と言って強引に破り取られる。その紙に領収書を書きはじめ、何と名前はネマツァデだと言う。え!?お父さん?ネマツァデのお父さん??モハマッド・レダ・ネマツァデは息子ですか!?と必死で聞いてるのに、無視してさっさと馬に乗って帰ってしまった。今度は馬に乗るおっさんを追いかけ、ジグザグ道を駆け登る。2往復めだ。BGMも1回目と同じだ。

 馬のおっさんを走って追いかける。さっきと同じ道、同じ石の階段を駆け上がる。同じ道だがその走る姿は1回目より断然たくましくなっているのは気のせいか。日本の小学2年生に見せてやりたい健気な姿だ。決して裕福とは言えない、宿題と家の手伝いしかしてないようなイランの田舎の子供が友だちの為に爆走する。日頃サッカーやスイミングなどで鍛えられている日本の子供の身軽な疾走とは別物だ。

おっさんを追いかけ、辿り着いた家。父親の手伝いでドアを運ぶ少年が出て来た。「あ、ネマツァデ??」服装がネマツァデっぽいが、顔がドアに隠れて見えない。「ネマツァデ?ネマツァデ?(ハラハラ)」隠れていた顔が見える~~違ったー!!またも、ぎゃふん!だ。その少年は「僕もネマツァデだよ、ここら辺はみんなネマツァデだよ」と言う。ネマツァデーー!!その子はこの辺のネマツァデ事情に詳しいらしく、羊を飼ってるかもという手掛かりで、鍛冶屋の近くの家を教えてもらう。もうここまで来たら分かるだろう。このような状態を人は「たらい回し」と呼ぶ。周りは暗くなってきた。ペルシャのステンドグラス風の窓が、暗くなってきた家々の壁をおぼろに照らし始める夕刻だ。

 別ネマツァデが言っていた鍛冶屋らしき家。羊ではなくヤギが通り過ぎる。声を掛けると家の中から現れたおじいさんは、ネマツァデを知ってるとのこと。しかも一緒に行ってくれると言うのだ。ようやくゴールが見えてきたか。おじいさんは歯がなく背中も曲がっていて歩くのが物凄く遅いが、何でも知っている、と言う。アハマッドのお父さんの事も知ってるし、この辺のドアはみんな自分が作ったんだと言う。またドアだ。しかしこのおじいさんのドアは綺麗な細工の伝統的なペルシャ建築のドアだ。45年前におじいさんが作ったというドアはとても美しく、「みんな鉄のドアに変えてしまう」と嘆いている。「町は好きになれない、わしのドアが町に持って行かれて悲しい、寂しい。もうあんなドアは作れない」と自分の老いをも嘆き悲しんでいる。つまり、本作に登場する二人のドア職人は「継続性を維持する伝統」と「革新を追求する近代」のメタファーで、当時のイランにはその二つが混在しつつ、徐々に世代交代が進んでいるという分岐点なのだろう。大人が子供を厳しくしつけるのも、世代交代に向けての準備だ。実はイランの変革の時代が描かれていることが読み取れる。子供の大冒険だけに留まってはいないようだ。

遅いおじいさん

 いよいよ暗くなり、急いでいると言うのにおじいさんはマイペース。泉の水で顔を洗い「気持ちいいよ」と言う。小さな雑草の花を摘んでは「ほら花だ、ノートに挟んでおきなさい」と言うので、ネマツァデのノートに挟む。アハマッドはとにかく急いでいる。「よしよし、さあ着いた。あそこだよ、あのドアもわしが作ったんだよ」もうドアはいい。おじいさんが教えてくれた家に行ってみると、さっきの別ネマツァデの家だった…。おいじじいチゲーよオレこっから来たし!などとは言えない。優しいアハマッドはこの年老いた親切なおじいさんを責めもせず、家が違ったことすら言わない。黙ってノートを隠しておじいさんの所に戻ると「早かったね、わしの窓を見せてやろう」。またドアだか窓だかの話だ。「急いでるんで、パンを買いに行かなきゃいけないんで」「パン屋はもう閉まってるよ」。ガーン!絶望だ。ノートも返せない、パンも買えない、今日一日いったい何をしてたんだと、暗闇の中ただただ絶望するしかない。相変わらず遅いじいさんは、ちょっと急げばすぐ息切れする。寒くないか?上着を着るか?と気遣ってくれる。黙って歩けば速いんじゃが。じゃあ黙って歩けやじじい!とは言わない。じいさんは気を遣ってくれるてるんだ。やさしいじいさんありがとう。と思ったら、わしは疲れたここから先は一人で行きなさい、と突然の別れ話をされる。遅いじいさんと別れ、一目散に家を目指す元気なアハマッド少年だった。

宿題

 知らないじいさんと無意味にゆっくり歩かされた挙句、何一つ目標を果たせないまま家に辿り着いたアハマッドは、ご飯も食べたくないほど凹んでいる。半べそで「宿題しなきゃ。夕飯はいらない」と言うアハマッドに、お母さんは「宿題して、これ食べなさい」とご飯を持って来てくれる。意外に優しい。外からは風の音が聞こえる。嵐だ。アハマッドは机もない絨毯だけが敷かれたごつごつと固そうな石の床の上で、這いつくばって正座して宿題をする。外の嵐のせいで内開きのドアが開き、夜の闇からビュービューと風が入ってくる。お母さんが洗濯物を取り込んでいる。

 次の日の教室、アハマッドの席は空席だった。その空席の隣ではネマツァデがうつむいている。「静かにしなさい宿題を出しなさい」先生は相変わらず恐怖のオーラを振りまき、後ろの席から順に答え合わせを始める。昨日畑に行ってて宿題を半分しかやってない子は、2回目だから許された。ノートの代わりの何か紙の束を机の上に出したネマツァデは絶望を隠せない。もうダメだボクは5回目だから退学なんだ、ボクのノートはどこ?隣のアハマッドみたいに休んじゃえばよかった(泣)。

するとノックをしてアハマッドが教室に入って来た。席に着くとネマツァデに対し「宿題やってあるからね」と囁く。アハマッドは昨夜ご飯も食べずに、二人分の宿題をやったのだった。そうかその手があった。最初からそうしてれば良かったのかもしれないが、純朴なアハマッド少年がまず思いつくはずもなく、またネマツァデの為にもならない。でもこれでネマツァデは救われた。この友情に免じて先生もお母さんも、どうかお許しください。

いよいよアハマッドがノートを見せる番だ。間違ってネマツァデのノートを出してしまったり、2冊のノートの字を比べられたらどうしようなどとハラハラさせられたが、先生は「グッド」という意味のサインをして、ページをめくった。

めくられたネマツァデのノートには、あのおじいさんがくれた花が挟んであった。   END

 この花のラストシーンがとてつもなく素晴らしい。ノートをパッと開いた時にさり気なく花が見えた次の瞬間のエンドロール。これほどおしゃれなラストシーンが他にあるだろうか。知らない土地に咲いていた名もない一輪の花、それはそこで出会った知らない大人たちの飾らない優しさのように、地味で素朴でさり気ない。辛かった一日を経て何とか友だちを救った少年に、優しいじいさんが微笑んでいるような、そんな一輪の小さな雑草の花だった。

ジグザグ道三部作

 イランを代表するアッバス・キアロスタミ監督の三作品「友だちのうちはどこ?」「そして人生はつづく」「オリーブの林をぬけて」を、「ジグザグ道三部作(コケルトリロジー)」と呼ぶらしい。私にとってイランの映画は初体験だった。

 三作ともにイラン北部のコケル村とポシュテ村が舞台で、そこでの生活に溶け込む特徴的なジグザグ道が登場する。

「友だち~」の後の1990年、ロケ地イラン北部山岳地帯は震災に襲われた。それはもう、死者5万人、家を失った人は50万人にものぼる大震災だった。

「そして人生~」は、キアロスタミ監督役の主人公が被災地を訪れ、「友だち~」に出演した子供たちを見舞い、地震の時の事をリポートする。いわゆる「友だち~」のドキュメンタリー風続編作品になっている。

「オリーブの~」は、前作「そして人生~」に夫婦役(チョイ役)で出演した素人俳優が、撮影中にリアルにプロポーズをしては断られ続けていたという裏のエピソードを描いた、劇中劇のようなスピンオフのような、リアルとフィクションが複雑に絡み合うちょっと変わった作品だ。

どれもイランの田舎の雄大な景色の中で一生懸命生きる普通の人のちょっとしたお話。首都テヘランとは文化も教育面も大きく異なるようだ。便利さとはかけ離れてはいるが、みんな素朴で一生懸命で自分たちの暮らしを大切にしているのが分かる。三作を通して観ると、「友だち~」のジグザグ道とそれに類似した山道が、続編的2作品では「被災地」となってしまい、美しいペルシャ建築が無惨にも破壊されてしまった事、たくさんの人の命が奪われたことはとても悲しい余韻となってしまった。

U‐NEXT にて鑑賞

 

-ドラマ・コメディ