作品データ
作品名:ワンダヴィジョン(WandaVision)
公開年:2021年
監督:マット・シャックマン
原作:スタン・リー、ジャック・カービー『スカーレット・ウィッチ』
脚本:ジャック・シェイファー
出演:
- エリザベス・オルセン
- ポール・ベタニー
- テヨナ・パリス
話数:9話
製作国:アメリカ
ジャンル:アクション・コメディ・ドラマ
画像出典:TMDb(The Movie Database)
60年代のシットコムから始まる、不思議な世界
面白かった!
『ドゥームズデイ』鑑賞のための復習として。今回、観るのは2回目。それなのに、前回よりもずっと面白く感じた。
それは今回『エンドゲーム・アンコール』のためにインフィニティ・サーガの要所をしっかり復習して、ワンダという女の子の人生、悲しみ、宿命を痛感したうえで観たからだと思う。
そして、改めて感心したのが、前半のシットコムの作り込みだ。
60年代のホームドラマ風の世界で、夫婦になったワンダとヴィジョンが暮らしている。
いやぁ、この二人が可愛いくて、嬉しい!
アベンジャーズの一員として戦っていた二人が、こんな家庭生活を送る未来があったら……と思うと、見ているだけで嬉しくなる。
でも、このシットコムの世界は、単なる楽しい「if……」の世界ではなかった。
ワンダが子どもの頃、両親や双子の弟ピエトロと暮らしていた時代。家族でお気に入りのテレビ番組を楽しんでいた、あの幸せな記憶が、この世界の原風景になっている。
ワンダが心の奥底に抱えていた「幸せな家族の暮らし」。
それが、知らず知らずのうちに、彼女の作り出した世界に反映されていたのだろう。
だからこそ、このシットコムの楽しさには、ワンダの失われた子ども時代への思いも重なっていた。
幸せな世界に、現実が忍び寄る
ところが、楽しいはずの世界に、少しずつ違和感が入り込んでくる。
時代が変わるたびにシットコムの様式も変わっていく一方で、説明のつかない出来事が起こり、登場人物たちの言動にも不自然さが見え始める。
そして、ワンダの世界の外側では、S.W.O.R.D.(ソード)が事態を調査していた。
ここからの構成も面白い。
ワンダが暮らすシットコムの世界と、それを外側から調査する現実の世界。二つの視点が交互に描かれることで、こちらも「いったい何が起きているんだ?」と謎を追いかけることになる。
しかも、現実が忍び寄るにつれて、楽しいシットコムの世界にも不穏な空気が漂い始める。
ワンダは、いったい何をしているのか。
そもそも『インフィニティ・ウォー』で死んだはずのヴィジョン。
彼は、なぜそこに居るのか。
この世界は、何のためのものなのか。
謎が少しずつ明らかになる展開が、実に面白い。
ヴィジョンの身体をめぐる謎
特に印象的なのが、ヴィジョンの身体をめぐる展開だ。
S.W.O.R.D.の施設にあるヴィジョンの身体を、ワンダが持ち出し、自分の力で操っているのではないかと思わせる。
ところが、実際にはそうではなかった。
ヴィジョンの身体を兵器として再利用しようとしていたのは、S.W.O.R.D.の側だったのだ。
これには、完全にミスリードされた。
ワンダが作り出した世界の異常さに目を奪われていると、外側の現実にも別の問題があることが見えてくる。
ワンダの行動だけを追っていればいいわけではなく、彼女を調査する側にも、それぞれの思惑が見えてくる。
この二重構造が、物語を単なる悲しい人間ドラマではなく、謎解きの面白さを持った作品にしている。
そして、ヴィジョンの身体を兵器として扱おうとする現実は、愛する人を失ったワンダの悲しみとは別の意味で、胸に引っかかるものがある。
ワンダが本当に欲しかったもの
ワンダは、これまで何度も大切な人を失ってきた。
故郷ソコヴィアで家族を失い、双子の弟ピエトロを失い、そして愛するヴィジョンまでも失った。
『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』では、自分の手でヴィジョンを失わなければならなかったのに、結局、その犠牲さえサノスに覆されてしまう。
そして『エンドゲーム』で世界が元に戻っても、ヴィジョンは戻ってこない。
そんなワンダが作り出したのが、ヴィジョンと家庭を築き、子どもたちと暮らす世界だった。
自分が作り出した世界であり、家族が本物ではないことも、ワンダは次第に理解していく。
でも、そこで感じた愛情まで偽物だったのだろうか。
私は、そうは思わない。
たとえ自分の力で生み出した家族だったとしても、一緒に過ごした時間や、そこで感じた幸せは、ワンダにとって本物だったはずだ。
彼女は、ようやく家族と暮らす幸せを知ることができた。
それは、これまでの人生で失い続けてきたワンダにとって、かけがえのない経験だったと思う。
幸せを手放すという選択
しかし、その幸せは、町民たちの自由を奪うことで成り立っていた。
ワンダは、自分の家族を守るか、多くの町民を解放するかという選択を迫られる。
自分が作り出した世界で、家族と幸せに暮らし続けることもできたかもしれない。
でも、それは他人の自由を奪い続けることでもある。
ワンダは、家族を手放す。
愛するヴィジョンも、子どもたちも、自分の世界から消えてしまう。それでも、町民たちを解放する道を選んだ。
ワンダは、自分が何をしていたのかを理解していたし、自分の立場を知ってしまったうえで、家族を手放すことを選んだ。
この家族との時間は、本当に幸せそのものだった。
しかし、家族と暮らす幸せを知ってしまった今、失う事の辛さはまたしても彼女を襲うことになる。
どこまで行っても、ワンダの悲しみは増殖していくのだろうか。
ワンダは、悪に落ちたのか?
物語の最後、ワンダはダークホールドという魔術書を手にしている。
自分がスカーレット・ウィッチという伝説的な存在であることを知り、その力について学ぼうとしているのだ。
確かに、不穏なラストだ。
けれど、私はこの場面を、ワンダが悪に落ちた瞬間だとは思いたくない。
彼女は、自分の力について何も知らなかった。だからこそ、その力を理解しようとしているのではないだろうか。
危険な力を持つことと、その人が悪人になることは同じではない、と思いたい。
ただ、ひとつ気になることがある。
ワンダが口にした「家族は永遠」という言葉。
家族を失っても、愛した記憶は消えない。そういう意味なら、希望のある言葉だと思う。
でも、家族は永遠だから、いつか必ず取り戻せる。そう信じているのだとしたら、そこにはまだ執着を感じてしまう。
その愛を守るためなら何をしてもいいと、思ってしまったら?
ワンダのこれからを考えると、そこが少し心配になる。
それでも、私は彼女の未来を悲観したくない。
ワンダは、つらい人生の中で、家族の愛を知ることができた。そして、自分の力が他人を苦しめることも知った。
これから先、どんな選択をするのか。
彼女が自分の力と向き合い、自分自身の人生を切り開いていけることを願いたい。
モニカがワンダの苦しみを理解しようとしていたことも、希望のひとつだと思う。
ワンダを、ただ危険な存在として見るのではなく、深い悲しみを抱えたひとりの人間として理解しようとする人がいる。
それは、きっと大切なことだ。
可愛らしい夫婦のシットコムから始まり、やがてワンダの愛と喪失、そして自分の力と責任に向き合う物語へと変わっていく『ワンダヴィジョン』。
緻密に作り込まれたシットコムの世界と、その裏側に隠された謎。そして、インフィニティ・サーガを経て、ようやく深く理解できたワンダの悲しみ。
二度目の鑑賞で、これほど新しい発見があるとは思わなかった。
ワンダには、これからも幸せになってほしい。
そう願わずにはいられない。
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