SF・アドベンチャー アクション 史上最高の映画100本

【史上最高の映画100本・7位】『レイダース/失われたアーク(1981年)』|映画少年に、巨大なおもちゃ箱を渡したような映画

  作品データ

作品名:レイダース/失われたアーク《聖櫃》( Raiders of the Lost Ark )

公開年:1981年

監督:スティーヴン・スピルバーグ

原案:ジョージ・ルーカス、フィリップ・カウフマン     

出演:   

  • ハリソン・フォード
  • カレン・アレン

上演時間:115分

製作国:アメリカ

ジャンル:アクション・アドベンチャー

画像出典:TMDb(The Movie Database)

何度も観ている。

だから、もちろん知っている。

このあと、こうなる。

ここでインディが逃げる。
このあと、あれが出てくる。
ここでマリオンがこうする。
そして最後は――。

全部、分かっている。

なのに、面白い。

何度観ても面白い。

いや、むしろ「知っているからこそ面白い」と言ってもいい。

「来るぞ、来るぞ……」

「キターーー!!🤣」

と、毎回笑ってしまう。

なぜだろう。

この映画、ストーリーを追いかけているだけじゃない。

画面そのものが、ずっと面白いのだ。


これは、映画の「楽しい」が全部入っている

改めて考えると、『レイダース/失われたアーク』は、とんでもなく贅沢な映画だ。

冒頭からいきなり遺跡探検。

仕掛けがあり、罠があり、宝物があり、裏切りがあり、巨大な岩が転がってくる。

そこから飛行機、砂漠、海、船、ジャングル。

ナチスが出てきて、カーチェイスが始まり、馬が走り、鞭が飛び、殴り合いになる。

蛇も出る。

火も出る。

宝物もある。

恋愛まである。

そして最後には、まさかのホラーまで待っている。

もう、

全部盛り。

「冒険映画を観たい!」

と言われたら、

「はい、どうぞ!」

と、映画の中から次々と出してくる。

しかも、それぞれがちゃんと楽しい。

普通なら「ちょっとベタだな🤣」となりそうな場面まで、なぜか笑いながら見てしまう。

たとえば冒頭の遺跡。

罠が次々と作動して、

「危ない!」

「そっちじゃない!」

「後ろ!後ろーー!!🤣」

と、まるでコントを見ているような気分になる。

インディもマリオンも、当人たちは必死だ。

でも、こっちは面白い。

この映画、ずっとそうなのだ。

登場人物は必死。
こっちは楽しい。

その温度差まで含めて、最高なのである。


「子供向け」なのに、子供だましじゃない

『レイダース』を観ていると、私はどうしても子供の頃の自分に戻ってしまう。

巨大な岩が転がってくる。

「うわーー!」

飛行機が迫ってくる。

「危ないーー!」

インディが走る。

「逃げろーー!」

蛇がいる。

「ぎゃーー!!🤣」

ものすごく分かりやすい。

ものすごくベタ。

その「ベタ」がツボに入った子供が、そのまま大人になってしまい、私のようになる。

40年近く映画を観てきて、

映画の仕掛けも、演出も、展開も、ある程度分かるようになった。

だから普通なら、

「はいはい、こういうことね」

となるところがある。

ところが『レイダース』では、ならない。

「分かってるけど、見たい!」

になる。

それは、この映画が「次に何が起きるのか」だけで楽しませているわけではないからだ。

次に何を見せてくれるのか。

そこが楽しい。


スピルバーグは、思いっきり「見せる」

ここが、スピルバーグの面白いところだと思う。

『激突!』や『ジョーズ』では、限られた条件の中で、「見せない」ことが大きな武器になっていた。

敵を見せない。

姿を見せない。

見えないからこそ、こちらの想像力が恐怖を膨らませる。

ところが『レイダース』では、まるで逆だ。

今度は、見せる。

岩が来る。

飛行機が迫る。

蛇がいる。

敵が追ってくる。

車が突っ込んでくる。

インディが殴られる。

全部見せてくれる。

🤣

スピルバーグは、ここでは「見せること」を遠慮しない。

そして、ただ見せるだけではない。

「来るぞ、来るぞ……」

と期待させて、

ドーン!

と、最高のタイミングで見せる。

だから快感になる。

『激突!』『ジョーズ』では、

「見えないから怖い」

だったものが、

『レイダース』では、

「見えるから楽しい」

になっている。

でも、その根っこにあるのは同じなのかもしれない。

「次の瞬間を待たせる」。

そして、その瞬間を最高の映像で返す。

スピルバーグは、それがとにかく上手い。


とんでもない「映像オタク」

『レイダース』を観ていると、単なる娯楽映画として片づけるのは、ちょっと違う気がしてくる。

むしろ私は、

スピルバーグ、映画作るの好きすぎるだろ🤣

と思ってしまう。

色。

光。

影。

構図。

画面の中に何を置くか。

どこに人物を立たせるか。

どこから光を入れるか。

どこまで見せて、どこを隠すか。

そういう「映画を映画として成立させるもの」が、画面の隅々まで行き渡っている。

しかも、それが「技巧を見せてやろう」という感じではない。

全部、娯楽の中に溶けている。

だから私たちは、

「この構図、凄いな」

と考える前に、

「うわ!インディ危ない!!🤣」

と夢中になっている。

これが凄い。

映画の技術を見せながら、技術を見せていることを感じさせない。

それなのに、よく見ると、画面には何一つ無駄がない。


そして「帽子」が、めちゃくちゃ効いている

インディ・ジョーンズといえば、あの帽子だ。

もちろん衣装としてもカッコいいのだが、

暗い場所で顔が見えなくても、帽子のシルエットだけで、

「あ、インディだ」

と分かるようになっている。

これ、ものすごく映画的だと思う。

人の顔を見せなくても、影の形だけで人物を伝えられる。

帽子が、インディというキャラクターの記号になる。

そして、ハリソン・フォードがあの帽子を被れば、はい、インディ・ジョーンズの出来上がり。

そのくらい、記号として強い。

面白いのは、この映画が作られた時期。

『帝国の逆襲』と『ジェダイの帰還』の間である。

つまりハン・ソロは、現在進行形でカーボンフリーズされている最中🤣

そんな時、ハリソン・フォードは、帽子をかぶって、

「考古学者です」

とやっている。

なのに、全然ハン・ソロに見えない。

完全に別人なのだ。

帽子、衣装、動き、表情、キャラクターの性格、そして音楽。

そういうものが全部組み合わさって、

「ハン・ソロ」ではなく「インディ・ジョーンズ」になる。

これも、演出の力なのだと思う。


インディは、強い。でも「必死」なのがいい

インディ自身も、ものすごく魅力的だ。

考古学者のはずなのに、

強過ぎん?🤣

とは思う。

殴り合い、鞭を振り、銃も撃つ。

危険な場所にも平気で入っていく。

それでも、スーパーヒーローではない。

殴られれば痛そうだし、撃たれれば逃げる。

そして何より、

蛇が怖い。

🤣

あの「蛇と目が合って怯えるインディ」が、妙に良い。

「ヤバい!でもやるしかない!」

という強さが、いつもそこにはある。

だから、こっちも一緒になって必死になる。

そして、その瞬間――

あの曲が鳴る。


レイダース・マーチは、反則だ

ジャーンジャジャッジャーーン♪

もう反則である🤣

あの曲が鳴ったら、インディだ。

ハリソン・フォードにあの帽子。

そして、あの音楽。

これが揃ったら、もう誰が何と言おうとインディ・ジョーンズ。

ジョン・ウィリアムズの音楽は、キャラクターの一部にまでなっている。

「鮫」と聞けば『ジョーズ』のあの音楽を思い出すように、

「インディ・ジョーンズ」と聞けば、あのテーマが頭の中で鳴る。

ハリソン・フォードには、すでにハン・ソロという、とんでもないキャラクターがあるのに、

そこへもう一人、映画史に残るキャラクターを作ってしまった。

これは凄い。


『スター・ウォーズ』とは、ちょっと違う

私が映画を好きになったきっかけの映画として、まず思い浮かぶのは『スター・ウォーズ』なのだが、

『レイダース』との違いが面白い。

『スター・ウォーズ』は、キャラクターを追いかけ、物語を追いかけ、その先にある世界を追いかける。

「この世界には、まだ自分の知らないものがある」

その感覚が、どんどん先へ連れていってくれる。

一方、『レイダース』は、もっと近い。

一緒に没入する感じ。

インディが走れば、一緒に走る。

危険が迫れば、一緒に「危ない!」となる。

仕掛けが動けば、

「来た来た来たーー!」

となる。

そして次の瞬間には、また別の映画的な楽しさがやってくる。

『スター・ウォーズ』が「まだ知らない世界へ連れて行ってくれる映画」なら、

『レイダース』は、

「映画を観ることそのものを楽しませてくれる映画」

なのかもしれない。


映画少年に、巨大なおもちゃ箱を渡した

『レイダース』は,

映画少年スピルバーグに、巨大なおもちゃ箱を渡しちゃったような映画だ

と思った。

『激突!』では、限られた条件の中で、見えない敵をどう怖く撮るか。

『ジョーズ』では、サメをなるべく見せない状況の中で、どう恐怖を作るか。

そうやって映画を作ってきたスピルバーグに、今度は巨大なおもちゃ箱が渡された。

「好きにやっていいよ」と、ジョージ・ルーカスが言ったかどうかは知らないが、

「じゃあ、あれも!」

「これも!」となって、飛行機、船、砂漠、カーチェイス、馬、蛇、ナチス、乱闘、鞭!

全部入れる。

恋愛と、最後はホラーまで!

でも、それを好き勝手に詰め込んだだけではない。

映画の歴史を知り尽くした映画少年が、本気で遊んでいる。

だから画面が凄い。

テンポがいい。

だから笑える。

だから何度観ても飽きない。


「映画を見る」ということが、楽しい

結局、私が『レイダース』を何度観ても面白いと思う理由は、ここなのだと思う。

この映画は、ストーリーだけで楽しませているわけではない。

映像。

演出。

音楽。

キャラクター。

アクション。

それらが全部一体になって、

「映画を見ることそのものの快感」

を作っている。

だから、展開を知っていてもいい。

オチを知っていてもいい。

「ここでこうなる」と分かっていてもいい。

むしろ、

「来るぞ、来るぞ……!」

と待ちながら、その瞬間を楽しめる。

映画が始まって、画面にインディが現れる。

あのテーマが鳴る。

走る。

逃げる。

殴る。

危ない。

でも面白い。

また「うわーー!」となる。

それだけで楽しい。

子供の頃に映画を観て、

「映画って、なんて楽しいんだろう!」

と思った、その感覚。

大人になった今も、ちゃんと残っている。

『レイダース/失われたアーク』は、その感覚を何度でも呼び戻してくれる。

スピルバーグという映画少年に、巨大なおもちゃ箱を渡してしまったような映画。

映画製作オタクが、映画の「楽しい」を知り尽くした状態で、思いっきり遊んで作った作品だったと思う。

これだから、映画はやめられない。

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