作品データ
作品名:シャイニング( The Shining )
公開年:1980年
監督:スタンリー・キューブリック
原作:スティーヴン・キング『 The Shining 』
出演:
- ジャック・ニコルソン
- シェリー・デュヴァル
- スキャットマン・クローザース
上演時間:143分(北米公開版)
製作国:イギリス、アメリカ
ジャンル:ホラー・サスペンス
画像出典:TMDb(The Movie Database)
『シャイニング』を観ていて、途中までは「これ、ダニーが主人公じゃん?」と思っていた。
ホテルに行くことを嫌がるダニー。
不思議なものを見てしまうダニー。
過去に起きたことや、これから起こることを感じ取るダニー。
物語の謎を見せてくれるのは、ほとんどダニーだった。
ところが後半になると、そんな印象が一気に変わっていく。
ジャック・ニコルソン演じるジャックが、どんどん怖くなっていくのだ。
そして観終わってみると、私がいちばん怖いと思ったのは、幽霊でもジャックでもなく、オーバールック・ホテルそのものだった。
人間の中にあるものを、ホテルは見つけてしまう
オーバールック・ホテルには、過去の事件が染みついている。
かつてここで起きた殺人。
ホテルには、その時の狂気が残り香のように漂い、
誰もいないはずの場所に、過去の人々を留める。
ホテルの中では、過去と現在の境目が曖昧になっていく。
ゴールドルームのパーティーも、最後に登場する1921年の写真も、単純に「幽霊が出た」と考えるだけでは説明しきれない。
このホテルには、過去そのものが残っている。
そして恐ろしいのは、ホテルがただ過去を保存しているだけではないことだ。
ホテルは、そこへやって来た人間の中にある「弱み」に付け込むように侵食し始める。
ジャックの場合、それは酒だったり、怒りだったり、家族への不満だったり、作家としての焦りだったりする。
父親としての弱さもあった。
ジャックの狂気は、突然どこかからやって来たものではなく、
ホテルが、彼の中にあった危うさを少しずつ増幅させる。
そして最後には、ジャック自身が恐怖そのものになってしまう。
ダニーはホテルを見る。ジャックはホテルに見られる
この二人の違い。
ダニーには「シャイニング」がある。
それによって、普通の人には見えないものを感じ取ることができる。
ホテルへ行く前から、ダニーは何かを感じていた。
237号室、双子の少女、そしてREDRUM。
つまりダニーは、ホテルを見る側なのだ。
一方のジャックは違う。
ジャックはホテルを見るつもりで来たのに、いつの間にかホテルのほうから見られている。
そして、ホテルはジャックの中にあるものを見つけ、それを利用していく。
「ダニーはホテルを見る。ジャックはホテルに見られる。」
この関係で考えると、二人の運命が対照的に見えてくる。
ダニーはホテルの恐ろしさを感じ取り、そこから逃げようとする。
ジャックはホテルに取り込まれていく。
ウェンディが怖がっているのは、幽霊ではない
ウェンディが見ている恐怖は、ダニーが見ているものとは違った。
彼女はホテルの過去を知らない。
彼女が恐れているのは、237号室の女でも、ホテルに残された幽霊でもない。
目の前にいるジャックだ。
昨日まで家族だった男が、みるみるうちに別人のようになり、
殺人鬼へと変貌していく。
シェリー・デュヴァルが、ものすごく生々しく恐怖を演じた。
自分の夫が、自分と息子を傷つけようとしている。
だから彼女の恐怖には、現実の怖さがある。
ここには二つの恐怖が重なっている。
ダニーが感じているのは、ホテルという超常的な恐怖。
ウェンディが感じているのは、目の前にいる人間の恐怖。
その両方があるから、『シャイニング』はただの幽霊屋敷の映画ではなくなっている。
原作のジャックには、最後まで父親が残っている
私は原作を読んでいないので、映画を観たあとに調べてみたのだが、
原作のジャックと映画のジャックには、かなり大きな違いがあることが分かった。
原作のジャックは、最初から狂人というわけではない。
酒の問題や過去の失敗を抱えてはいるが、妻と息子を愛している。
父親として家族を守りたいという気持ちが大きい。
しかしホテルに少しずつ侵食されていく。
最後には一瞬、父親としての心を取り戻し、ダニーを逃がそうとさえする。
私はどちらかと言うと、こっちの「原作のジャック」の方に惹かれる。
最後に父親の心を残して亡くなる。
それは悲しいけれど、人間としてのジャックが最後まで完全には消えていなかったということでもある。
壊れてしまった人間の中に、最後まで残る善意。
私は、そういうものが映画の中にあると嬉しい。
キューブリック版では、ジャック・ニコルソンが怖い
ところが、キューブリックの映画では印象がかなり違う。
ジャック・ニコルソンの存在が、凄過ぎる。
特に、まだ完全に狂っていない段階から、すでに何かがおかしい。
タイプライターの前で仕事をしているように見えて、実は同じ文章を延々と打っている。
その文章を知ったとき、ゾッとする。
ジャックはもう、ホテルに来た時点からかなり危ういのではないか。
原作のように「普通の父親がホテルに侵食されていく」というより、もともと危うさを抱えている男が、ホテルによってさらに狂気を増幅されていくように見える。
だから私は、こう思った。
キング版はホテルが怖い。
キューブリック版は、ジャック・ニコルソンが怖い。
原作者のスティーヴン・キングからしたら、「結局、顔芸かよ!」と言いたくなる気持ちも、ちょっと分かる(笑)。
でも、キューブリック版には、原作とは別の凄まじい映画的パワーがある。
そして、1921年の写真
そして最後。
ホテルから逃げ出したと思ったら、画面に映し出される一枚の写真。
1921年のパーティーの写真の中に、ジャックがいる。
初めて観たときは、そのオチに対して、
「何じゃそれ🤣」
だった。
深く考えることを諦めてしまうほどの、衝撃映像だった。
でも、いつかはあの写真と、ちゃんと向き合なければならないと思っていた。
ジャックは1921年に生きていたわけではない。
では、あの写真は何なのか。
今回考えてみた結果、
ジャックが過去にタイムトラベルしたわけではなく、ホテルに取り込まれたことを示しているのだろう、ということにした。
ホテルは過去を記憶している。
そこへ現在の人間がやって来ると、
ホテルは、その人間を自分の歴史の中へ取り込んでしまう。
ジャックは過去のホテルへ行ったのではない。
ジャック自身が、ホテルの過去になったのだ。
そう考えると、あの写真はものすごく怖い。
ホテルは人間を狂わせるだけではない。
人間を自分の中へ取り込み、その人間の存在まで、自分の歴史として封じ込めてしまったのだ。
『シャイニング』というタイトル
そう考えると、「シャイニング」というタイトルも、単純な超能力の名前ではないように思えてくる。
ダニーの能力は、過去や未来、遠く離れた場所にあるものまで感じ取る力だ。
しかし単純な「未来予知能力」というよりは、「普通の人には見えないもの、感じられないものを感じる力」と考える。
ダニーは、その能力でホテルを見る。ホテルが内包しているおぞましい記憶までも見てしまう。
ジャックはホテルに見られる。見られるうちに、ホテルに取り込まれてしまう。
この物語では、見えないものが時間を越えて人間に影響を与えている。
ダニーが「見る」ことのできる世界と、ジャックが「取り込まれていく」世界。
その二つが、オーバールック・ホテルという場所で交差している。
ホテルは、人間を映す鏡なのかもしれない
『シャイニング』を観終わって、私はホテルを「悪霊の住む怖い場所」とだけ考えることができなくなった。
このホテルは、人間の中にあるものを見つける。
そして、それを増幅する。
ジャックの中にある怒りや弱さを増幅し、狂気をむき出しにする。
一方でダニーは、ホテルに飲み込まれず、その恐ろしさを見る。
そう考えているうちに、ふと思った。
もしかして、この映画の主人公は、ホテルなんじゃないか、と。
ダニーも、ジャックも、ウェンディも、このホテルの中で、それぞれの恐怖を経験する。
でも、物語を動かしているのは彼らではない。
過去の事件を抱え、人間の弱みに入り込み、狂気を増幅させ、最後にはその人間まで自分の歴史に取り込んでしまう。
すべての中心にいるのは、オーバールック・ホテルなのだ。
人間の中に何があるのか。
それをホテルが見つけ出してしまう。
そして最後には、その人間まで自分の歴史にしてしまう。
それが、この映画で私が感じた一番の怖さだった。
『シャイニング』は、幽霊が怖い映画ではない。
人間の中にあるものを見つけ、それを増幅し、最後には人間そのものまで自分のものにしてしまうホテルが怖い映画なのだ。
しかし、原作者の意図に反して、ジャック・ニコルソンが怖すぎた(笑)。
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