ドラマ・コメディ 恋愛・青春

荒野にて(2017年)

 原題は Lean on Pete 。馬の名前。殺処分が決まったピートの命を少年が救い、旅に出る。父と死別し、天涯孤独となった少年チャーリーを、ピートが言わばアニマルセラピー的な役割で寄り添い、不遇の少年の心は徐々に癒されていく、という話かと思ったが、ちょっと違った。もちろん二人(一人と一頭)の友情関係のようなものは描かれるが、現実はもっともっと厳しく、16歳の少年を容赦なく落としていく。原題に騙された。この物語の主題は、少年が大人になる過程の話だった。

 主人公の少年チャーリーは父子家庭で、引っ越しを繰り返し、今は学校にも行かず、決して恵まれた環境とは言えないところに身を置いている。父は女癖が悪く、とっくの昔に母は出て行って消息不明。当時の父はチャーリーに対して「ダメ親父だけどお前と一緒にいたい」と言った。もっとも逃げた母は頭がおかしかった(父曰く)。

 友達の家は、でっかいキッチンテーブルがあって、バスローブを着た母親がパンケーキを焼いてくれるような、夢のような家だった。チャーリーの家は、ゴキブリが出て、冷蔵庫の中にはシリアルとビールくらいしか入っていないような家だ。子供とはまず親が用意した環境によって、その人生を大きく左右される。残念ながら人間は最初から不平等なんだ。

 チャーリーの父は食事のマナーもろくに教えなかったが、田舎競馬場で出会った馬主のデルは、馬の扱いや手綱の引き方を厳しく教える。そこでは労働して金を稼ぐというささやかな喜びを知る。きつい仕事も嫌がらず、まじめに働く。馬を好きになる。友達のような、弟のようなピートとの出会いは、チャーリーの今までの生活には無かった瑞々しいものだった。だがピートはレースで負けたら殺される運命の競走馬という現実。

 この物語の中で、少年は何度も悲しい現実から逃げている。文字どおり、走って逃げる。                 

 まず、夜中に父が暴漢に襲われたとき、身寄りがないチャーリーの為に施設に連絡するという警察から、逃げる。

 父が死んで、保護者が誰もいないチャーリーの為に養護施設に連絡するから待っててという医者から、逃げる。

 売却レースで負けてしまったピートをトレーラーに乗せ、そのまま車を奪い、逃げる。

 ピートの事故で、警察から保護されそうになるが、逃げる。

 炊き出しで出会った男に金を奪われ、バールで殴り掛かり、金を奪い返し、逃げる。

とまあ、これだけ書くと、冷静に考えれば全く同情の余地もなし、という感じだか、とにかく悪い方へ悪い方へと転がり落ちていく少年のさまは、もはや同情するしかない域(フランダースの犬レベル)に達している。

 不幸の中でも、ちょっと働いて少しのお金を得る喜び。厳しい現実の中にいる厳しい大人と、少しだけ優しい大人。それらに寄ってたかって翻弄される少年。

 ずっと持っていたボロボロの写真に写っているのは、「僕とマージーおばさん」。父と同じくらい好きな、伯母さん。その伯母さんの居場所がやっと分かった。結婚して引っ越したという。                  

 もちろん当分会ってない訳だから、自分のことをどう扱ってくれるかなんて分からないし、結婚相手もいるから、厄介者扱いされるかもしれない。不幸な少年は、どこまでも悲観的な考えになっても不思議はない。しかし今まで逃げてばかりいた少年は、少しの躊躇いはあったものの、勇気を出して伯母さんの職場にアポなしで突入する。ここまできたらもう当たって砕けろといったところか。

 子供ってあくまでも受動的な存在。そう言えば「生まれる」って、I was born 受動態。生まれさせる。対して「産む」は、give birth 生を与える。子供のうちは、親もしくは保護者から与えられ、それを受けとって、生かされる。子供は「育てられる」。親は「育てる」。最近は、親も子に育てられる、なんて言い回しもあったりはするが。                     

 これまで受動的に生きてきた15歳の少年チャーリーが、大切な者の死を乗り越えて、厳しい現実というサバイバルを乗り越えて、受動的子供から、大人になっていく。もちろんこのサバイバルは大人になってからも続くが、ひとまず、マージー伯母さんの家の温かいベッドで寝て、辛かったことが堰を切ったように涙として溢れ、犯した罪に懺悔の気持ちを持ち、今後のことを考える。与えられたものを受け取るだけじゃない、自分から発信し、対処していく必要がある。そして死なせてしまった唯一の友達ピートのことを思うと、これからも辛い気持ちを抱えていかなければならない。それが大人になるということ。

 ここは、チャーリー、がんばったね、と声をかけてあげたい。

 少年役の俳優が、子供と大人の中間と、大人になって行く過程の変化を見事に醸し出すことに成功している。今後を期待したい俳優だ。

-ドラマ・コメディ, 恋愛・青春